踊らないのは誰で、踊れないのは誰?
「ペーターさん、アリスとキス、したんだって?」
そう問われたとき、何故かペーターの胸はざわりといらついた。
「あなたには関係ないでしょう、エース。」
「えー、関係あるぜ。俺はアリスのこと好きなんだからさ。」
ぎしり、歯車が軋むような不快さにペーターは眉をしかめる。それをペーターは、愛する少女のことを嫌いな男が語ったからだろうと結論づけて時計を銃に変えた。
「だから、俺にもお裾分けしてくれよ。」
なのに、撃てなかったのは。驚いたから。
そう、驚いたから、それだけだ。
エースの唇が近づいてくるのがやたらゆっくりと感じられるのに、ペーターは動けない。
触れた瞬間、どこからともなく湧き起こった得体の知れない熱に胸の奥にある自分の存在を維持する部品が融かされてしまう錯覚。
「本当は直接がいいんだけど、今は間接キスで我慢しておくよ。相手がペーターさんなのが残念だけどさ。」
「っ、死ね。もしくは滅びろ。」
暴れ狂う熱が命じるままに銃を撃つ。けれど銃弾はあの男を掠めすらしなかった。
「向かい合わないと踊ることはできない。まだ踊れない彼は、だからこそお前に口づけたのさ。」
嘲るように、哀れむように夢魔がさえずる。だが、ペーターの心は波立たない。元々、ペーターの心を揺らすのは何時だって愛する彼女に関することだけだ。
「じゃあ、何故あの時お前は彼に苛立ったんだい?」
「それは、あの男が図々しくもアリスのことを口にしたから………。」
答える声の弱さに、ペーターは驚いた。どうして、まだ揺らいでいる?
考えている間に、男は宙から降りて近づいてきた。
「それでは………。」
近づく顔に、思わず銃弾を撃った。
「どうして私だと近づく前に撃つのに、彼が口付けてきた時、お前は撃たなかったのかな?」
表情のない夢魔の顔。片方しか見えないその瞳に暴かれて、やっとペーターは自分が撃てなかったのではなく撃たなかったのだと気付いた。
「それに、潔癖症のお前なのに、唇を拭いすらしなかっただろう?アリスのときですら拭ったというのに。」
思い浮かびもしなかった、そんなこと。ペーターの中にあの瞬間あったのは、自分の根幹を溶かしつくしそうなあの熱だけで。
「どういう、ことだ。」
「それを私に問うかい。今これだけ教えているのも、私にとっては親切に過ぎるというのにね。」
呆れたようにため息をついてみせる夢魔の瞳は、けれど揺らがないまま。
「安心するといい。お前が愛しているのは、アリスだよ。悔しいから、今はそれだけしか教えてやらない。」
その言葉に安堵する。その言葉に、疑問を覚える。
何も晴れぬまま、夢から覚める。
覚めるとき浮かんだのは、何故かあの愛しい青の少女ではなく、忌々しい赤い男の背中だった。
「空っぽだったお前には分からないんだろうね。恋と愛との違いだなんて。」
あんなに痛々しい程恋をしているのに、ペーターは気がつかない。
「教えないけど。向き合って踊ってしまうお前なんてみたくもない。」
恋をしている自分と向き合ってしまえば、恋に踊らざるをえない。自分から目を逸らしているエースは、だからまだ踊らない。エースを見ている自分に気がつかないペーターもまた。
「苦しむだけだ。だから、永遠に気付かなければいいよ、ペーター=ホワイト。」
だって、今恋に踊されているナイトメアはとても苦しい。