こんなものを    とはいわない

時宮一


濡れた唇から漏れた言葉はいつものように愛を囁く言葉であれどもそこに気持ちなどは皆無。愛してると言えば愛がある事になるとでも思っているのだろうか。愛してると言えば、それで愛があると信じ込むような男だと思っているのだとしたら其れは馬鹿な間違いでしかない。第一その程度で騙されているような人間がこの国で長生きする訳が無い。そんな簡単な奴ならこうして今此処に存在している事が奇跡のような物だ。
馬鹿みたいに愛を囁く唇は肌に吸い付いては離れて、吸い付いては離れての繰り返し。肌に咲く赤が増えていって、時々重ねられる唇同時がわざとらしい水音を立てる。茶色の髪が視界のあちこちで揺れる。暗くて深い瞳が時折覗き込むように見てくるのが不愉快で堪らない。とっくに知っているというのに、窺うようなその視線。知っていないと思っている訳でもないだろうに。知っていると知っていて、それで尚壊れたように愛を紡ぐ、なんて。何度目か、何度目かももう判らない回数空の言葉を聞いて出てきたのは溜息。

「好い加減にしたらどうだ」
「何が?」

唇を離して笑う様はいつもとなんら変わり無い。何にも知らない振りをして首を傾げて笑っている。信じていると思っているのか、馬鹿が。けれどそんな、そんな思いを知っていて尚こうしている自分自身の方が目の前で演じる馬鹿よりも馬鹿で、愚かなんだろう。愛でない愛に浸かっていたいのは、なんて愚か。誰を思っているかも、そいつが私に向ける感情がこの上なく悪い事も知っているのに、それなのに手放す事が出来ない。さっさと言って、私なんか捨ててしまえば良いものを。僅かでも同情心だのなんだのでこんな茶番を演じているのだとしたら殺してやろう。しかしこれが同情心なんて云う優しいものじゃないものを、多分私は知っている。
唇は再び触れて離れて、暖かさを何箇所にも感じてそしてその数の度に心の中で溜息を付いた。本当にその言葉を呟きたい相手の所にさっさと行ってしまえば良いのに。最悪だ。



(こうやって苦しんでいるのを楽しんでいるんだろう?)
「俺はユリウスの事愛してるぜ?」